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一億総半病人の言葉が登場してかなり久しくなります。翻訳栄養学の誤りと食品業界のコマーシャリズムがグルメ志向の風潮を増大させて、本来人の生命と健康を守るべきはずの食べ物が、化学製剤による汚染と保存料を始めとする食品添加物などによって劣悪な 「工業食品化」されてしまった事と併せて、今や重大な「食品公害」となっています。
テレビ・新聞・雑誌のメディアが競って食べ物と料理を追い求める傾向にも歯止めがかかりません。過去の食料の窮乏時代に比べて、居ながらにして世界の料理が食べ放題、飽食肥満の現代、病人の氾濫と病院、薬品業界の隆盛から国の医療費が30兆円を超えている現実は何を物語るのでしょうか。十数年前の厚生白書によると12歳
児で4人に1人、15歳児で3人に1人の割合で正常な健康体を損なう欠陥を持つと公表されています。
肉類や油脂など動物蛋白を多く採る欧米食の普及に伴い、消化器癌や循環器系の症例も増加しました。日本人成人の約一割は、糖尿疾患に冒されるだろうという推論さえあります。
また、癌、エイズ、エボラ出血熱、膠原病、アレルギー症候群のような現代医学では明快な解決策のない分野に、病理、原因不明の新しい疾患が増え続けているという現場からの報告があります。例えば、微熱、筋肉痛、倦怠感、食欲不振などで精密な検診を受けるが、何も出てこない。しかし、症状は進む一方で、治療の対策もないままやがて死に至るというような信じがたい事例なのです。メスと薬剤、理化学療法に頼る現代医療の限界を素直に認める良識派の学究も増えています。医療に携わる側からは、語り難いと思われますが、薬源病という症状が既に市民権を得てもいます。強力な制癌剤によって、他の臓器・器官を傷めて死期を早めている事例のあることは、今や誰人も否定できないでしょう。60兆個からなる細胞が作る生命体は、神秘な小宇宙なのです。たとえ100年先へ行っても科学技術が如何に進歩しようとも、人智の範囲内で解明できるような単純な存在と考えることが出来ません。

動物が生きるためには食物の補給が欠かせません。人も食物
→ 血液 → 細胞 →
組織 →
体の仕組みになっています。水と空気を含めて、人が生きるために口から摂取する「生きる素」が今世紀ほど劣悪化した歴史はなかったであろうと思われます。先にも述べたように、食べることの第一義は、健全な生命を全うするためであり、第二義として美味しくとか、見て美しいとか或いは又、楽しく食べたいとする文明人が作り出した文化的な意義があります。しかしながら、昨今の食生活を省みると先ず美味を追い、色彩、保存、簡便、安価などを求める風潮に陥り、食べる本来の目的から逸脱した傾向にあります。健康に生きるという目的から外れた食材は、利益追求の好餌となり、大量生産、遠隔輸送、長期保存、生産費削減などの洗礼を受けます。つまり、工業製品化です。保存料、着色料、漂白剤、増量剤など化学合成添加物の厚化粧となります。
驚くなかれ現在厚生労働省が許可している食品添加物は349種類におよび、その中には住所氏名に印鑑を押さないと一般には買うことの出来ない劇薬指定の薬剤が20余種も含まれているのです。大部分が動物試験による結果「微量だから安全上問題はない」ということで済まされてきています。一週間おいても腐らない豆腐、一年放置しても変質しない醤油や味噌、これはもう人間の食べ物とはいえない代物です。ついでながら、味噌についてほんの一寸触れてみます。伝統食としても栄養上も世界に誇れるかつての味噌は、全く別のものに変わっているのです。大豆を使っていると思っていたら大間違いで、よくて大豆油を搾油した後の粕を使います。多くは飼料に使うアメリカ産のワキシコーン(とうもろこしの一種、価格は3分の1以下)とか輸入品の馬鈴薯を材料として僅か1週間から10日位で速醸味噌を作ります。速醸味噌を作るためには、塩化アルミニウム、次亜硫酸ナトリウム、炭
酸カリウム、重合リン酸塩、デヒドロ酢酸、ソルビン酸、そのほかたくさんの化学添加物に頼らなければなりません。特に注目しなければならないのは、塩化アルミのような軽金属の添加を許していることです。アルミニウムの粉末を食品に添加している国は、世界中どこにもない由です。申請した日本曹達も変ですが、許可した厚生
労働省は異常と言うほかありません。保存料によって1年でも変質しない味噌の褪色防止剤に役立てているのです。一つ一つ工場で作られている実態を知ったら多くの方は、体が震えてくるはずです
。
老人の痴呆症が問題にされ、怖れられていますが、アルミニウムが脳に蓄積されるとアルツハイマー症発病の一因とされていることと、鉄器を使わずアルミ製品の多用がぼけの多発を促していると考えられます。河川や大気の汚れ、農薬、添加物など二重三重に汚染された食べ物が日本人の健康をどれだけ悪くしてきたか。厚生
労働省、農水省、通産省などの行政の力を頼っても全く意味をなさないことが良く解ってきたのです。大衆は愚かではありません。と言っても消費者一人一人が賢くならなければいけません。生命の健全な営みを日夜保証してくれる自分の「血液」を決定するのは、その人が何を口に入れるかの選択に全て掛かっているからです。

人は空気と水を含めて食べ物を摂ることによって生きています。空気は三分ほど得られなければ死に至るでしょう。水も3〜4日絶ったら意識混濁となりましょう。食を断って72日が世界の記録の由です。これほど命の根源をなす重要物質がいい加減なものであっていいはずがありません。髪の毛一本からつめの先まで細胞の生き死にを一手に牛耳っているのが血液であると言う厳粛で単純な事実を、私達は意識の他に置きがちです。例えばアルカリ性体質(アルカロージス)とか、酸性体質(アチドージス)という耳慣れた言葉がありますが、実際に血液が酸性になれば人は生きてられません。健康な人間の血液のphは、7.39前後のものですが、病気になれば
7.30ぐらいまでの変化は見られます。食品には血液を酸性化するものが多くありますが、ミネラルなどが主に働いて酸・アルカリのバランスを維持する緩衝作用があります。しかし、そんなことに頓着なく、肉、酒、砂糖のような酸性食品を多量に摂って行けば血液がギブアップして、最も疲労している部分に炎症、病疾という形で反応を示すのです。美味しいから、旨いから、きれいだから、安いからと無造作にたらふく食べ続ければ、病気にならないほうが不思議でしょう。ガソリン車の燃料に水を混ぜればエンジンが停止すると全く同じ理屈です。
人は生まれる以前から死を迎えるまで食の補給が不可欠です。その「物の本質」の善し悪し、正誤、多募が問われないで健康を維持しようとするのは土台無理な話です。人類を除いた他の動物(野生)は、古今食べてもいいものと悪いものの区別を知っており、寿命の生一杯を生きています。動物が病気になり、獣医が職業として成り立つのは、人間が自然でないものを飼料として与えるかからに他なりません。古代、インドに生れた医学(アーユルベーダ)、5千年の歴史を持つ中国の漢方、江戸期・日本における貝原益軒の養生訓など東洋で発生した医学は、何れも合理的、分析的、局所的、物質的と見做す西洋医学に対して、哲学的、総合的、全体的、精神的に扱う根本的な差異があります。小宇宙と言える神秘な生命体を内科、外科、神経科、婦人科・・・・・のように部分的に切離して、より専門化した現代医学が行き詰ったのは当然の結果であろうと思われます
自然食養学会では、食
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血液
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体の原理を生命現象の中枢において、食養理論と実践・精神衛生と人間関係・宇宙観、死生観の確立を三本の柱として、与えられた寿命の完結を果たすために、それらに関する知識や技術の啓蒙普及を事業の目的としています。 |